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大阪高等裁判所 昭和34年(う)1277号 判決 1960年2月23日

本籍 舞鶴市字小橋一八三番地

住居 同所

無職 小西清秀

明治四一年五月一〇日生

右の者に対する出入国管理令違反被告事件について、昭和三四年一〇月七日京都地方裁判所舞鶴支部が言い渡した判決に対し、被告から控訴の申立があつたので、当裁判所は次のとおり判決する。

検察官 道所忠雄出席

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人石川元也提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

一、論旨第一点について、

所論は、本件は公訴時効完成後の起訴であるので、免訴の判決をなすべきにかかわらず、原判決は刑訴法第二五五条の規定により本件時効は被告人が国外にいた期間その進行を停止し、昭和三三年七月一三日帰国した時から進行を始め、まだ時効は完成していないとして有罪の判決をしたが、これは単なる法文の規定に拘泥して公訴時効制度の本旨を誤つたものである。時効制度の本旨から合理的に解釈すると刑訴第二五五条の規定は、条文の若干の体裁にもかかわらず、「犯人が国外にいる場合」と「犯人が逃げ隠れている場合」とを問わず、いずれも起訴状の謄本の送達のできない場合にのみ時効の進行の停止を認めるべきであつて、国外にいる場合に常に必ず停止を認めるべきではない。また、本件においては、検察官において本件密出国を全く知らず、犯人を知らなかつたところ、たまたま白山丸で集団的に帰国したことを知つて、始めて本件捜査に及んだものであるから、このような場合、通常の時効期間の経過により公訴時効が完成するものと認めるべきである旨主張するのである。

ところで、被告人が昭和二八年一二月中密出国以来昭和三三年七月一三日帰国するまで引続いて中華人民共和国に居住していたことは、原判決挙示の証拠により認められるが、記録によれば、被告人が白山丸で帰国することより前に密出国した事実が捜査官に覚知されるに至つたものであり、被告人の密出国当時その事実を捜査官が知つていたと認むべき証拠は記録上発見できない。

そこで、本件のような場合、被告人が国外にいた期間公訴時効の進行が停止されるか否について検討するに、刑訴第二五五条第一項には、「犯人が国外にいる場合又は犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつた場合には、時効は、その国外にいる期間又は逃げ隠れている期間その進行を停止する。」と規定されているところ、この規定は、(一) 犯人が国外にいる場合には、時効はその国外にいる期間その進行を停止する。(二) 犯人が逃げ隠れているため有効に起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつた場合には、時効は、その逃げ隠れている期間その進行を停止する。との二つの場合を規定しているもので、右規定中「犯人が国外にいる場合」には「犯人が逃げ隠れている場合」と異り、起訴状の謄本の送達若しくは略式命令の告知ができなかつたことを要件としないものであることは、同条の文理解釈上明らかである。而して、公訴時効は犯罪行為が終つた時から進行し(刑訴二五三条)、一定期間を経過することによつて完成し、その間捜査官において犯罪の発生又はその犯人を知ると否とを問わないものであるが、この時効制度の原則に対する除外例として、刑訴二五五条に公訴時効の進行を停止する場合が規定されておりしかも同条中、「犯人が国外にいる場合」には「犯人が逃げ隠れている場合」と異り、起訴を前提としないのは勿論、何等の条件を附していない点から考慮すると、特別の明文がない限り、捜査官が犯罪又は犯人を知ると否とによつて区別すべき根拠がなく、犯人が国外にいる場合には、時効は、捜査官において犯罪の発生又はその犯人を知ると否とを問わず、その国外にいる期間、その進行を停止するものと解するのが相当である。

思うに、犯人が国外にいる場合には、例えば、犯人が国内で犯罪を犯した後国外にいる場合、国外で犯罪を犯した者が引続いて国外にいる場合(刑法第二条乃至第四条)、又は本件の如く密出国したこと自体が犯罪で、その密出国犯人が引続いて国外にいる場合等が考えられるが、このように犯人が国外にいる場合においては、犯人が国内にいる場合と著しく事情を異にし、実際上日本の捜査権が国外に及ばない特殊事情に鑑み、捜査官が犯罪の発生又はその犯人を知ると否とを問わず、無条件に、公訴時効の進行の停止を認める趣旨が立法されたものと考えられるのである。

要するに、本件公訴時効は、刑訴第二五五条第一項により被告人が国外にいた期間その進行を停止し、被告人が帰国した昭和三三年七月一三日から進行を始めるものと解すべきであり、本件公訴が同月三一日提起せられたものであるから、まだ公訴時効が完成していないものである。

それ故論旨は理由がない。

二、論旨第二点について。

論旨は、出入国管理令第六〇条第二項の規定は憲法第二二条第二項に違反し無効である旨主張する。

しかし、憲法第二二条第二項の「外国に移住する自由」も無制限のままに許されるものでなく、公共の福祉のために合理的な制限に服するものと解すべきであり(昭和三三年九月一〇日最高裁判決)、出入国管理令第六〇条第二項は、日本人は有効な旅券に出国の証印を受けなければ出国してはならない旨規定しているが、右は出国それ自体を法律上制限するものではなく、単に出国手続に関する措置を定めたものであり、かかる手続的措置のために外国移住の自由が事実上制限される結果を招来するような場合があるにしても、同令第一条に規定する出入国の公正な管理を行うという目的を達成する公共の福祉のため設けられたものであつて、憲法第二二条第二項に違反しないものというべきである。(昭和三二年一二月二五日最高裁判決)

従つて論旨は理由がない。

三、論旨第三点について。

論旨は、本件はいわゆる期待可能性がないから無罪である。本件犯行当時たる昭和二八年には外務省は全面的に旅券の発給を拒否していたもので、旅券発給拒否を違法として民事事件に持ちこまれたことも法曹界に公知の事実であり、このような例に鑑み、外務者は多くの発給申請に対し大部分留保処分とし、取下げさせたのである。しかるに原判決はこの事実に目を覆い、一部の発給のみをもつて被告人における可能性の絶無なることを認めず、その前提の下に期待可能性の主張を容れなかつたのは違法である旨主張する。

しかし、記録を精査するに、原判決が説示しているように、昭和二八年当時外務大臣が理由の如何を問わず全面的に旅券の発給を拒否していたものとは認め難いのみならず、いわゆる期待可能性の有無は行為者を標準とするものでなく、一般通常人を標準として判定すべきものと解すべきであるから、たとえ所論の如く当時日本政府が実質上全面的に旅券の発給を拒否していたとしても、このような情勢の下において、一般通常人を被告人の立場においた場合、敢て法秩序を無視してまで密出国すること以外の他の所為に出ることが期待できなかつたものとは到底認められない。それ故論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条により主文のとおり判決する。

(裁判長判事 児島謙二 判事 畠山成伸 判事 本間末吉)

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